原子力損害賠償紛争解決センター第1号事件和解成立を受けての声明
「福島原発被害者支援かながわ弁護団」は,2012(平成24)年3月1日(木),原子力損害賠償紛争解決センター第1号事件において,東京電力株式会社が和解仲介案を受諾し,和解が成立したことを受け,声明を公表しましたので,お知らせします。
福島原発被害者支援かながわ弁護団
団 長 水 地 啓 子
1 はじめに
福島県内から東京都内に避難している原発事故の被害者が原子力損害賠償紛争解決センター(以下「センター」という。)に損害賠償請求の申立をしていた第1号事件について、被害者と東京電力との間で和解が成立した。
センターの仲介委員が昨年12月27日に示した和解仲介案を、被害者側は受諾する意向を示していたにもかかわらず、東京電力が一旦は拒絶の回答を行ったことに対し、関係者や市民・マスコミ等から強い批判が投げかけられ、東京電力がようやく受諾し、和解成立に至ったものである。
当弁護団も、本年2月3日、和解仲介案を拒絶する回答を行った東京電力に対して抗議の声明を発表し、東京電力に対して和解仲介案の受諾を求めていたものであり、このたび、比較的早期に、上記和解成立に至ったことは、被害者全体の救済に向けた大きな一歩を踏み出せたという観点から評価するものである。
2 本和解成立の意義
本和解成立の意義はいくつかあるが、まず第一に、不自由な避難生活の継続を余儀なくされ、経済的にも困窮している被害者を
迅速に救済するという視点から、清算条項を付さない形での損害賠償金の内払いが合意されたことである。
被害者と東京電力との間において賠償額について争いがある状況のもとで一切賠償金が支払われないとなると、日々の生活に困窮している被害者は、事実上、自らの主張する損害の賠償を求める途を閉ざされることになる。
清算条項を付さない形での賠償金の内払いは、まずは被害者に人としての最低限の生活を保障し、センターを利用して適正な損害賠償を求めてゆくことを可能にする基盤であり、当弁護団も、賠償金の内払いの実現を最重要課題として位置づけてきた所以であった。
本和解成立の意義の第二は、過去に東京電力から支払われた仮払補償金の控除が、今回の和解では行われず、先送りされた、ということである。
被害者は原発事故からまもなく1年が経過しようとする現在においても、今後の生活の見通しが全く立っておらず、その損害は日々拡大しているのであるから、仮払金を現時点において控除する必要性は全くない。被害者の生活保障の観点からすれば、仮払金の控除は最終段階で行われるべきであって、今回の和解はその可能性を開くものとしてその意義は大きい。
その他にも、本和解の内容は、不十分とはいえ、原子力損害賠償紛争審査会の「中間指針」で目安とされた慰謝料額に一定額の加算が認められ、さらに、不動産を含めた財産の価値の減少等に対する賠償が認められるなど、評価できる点を含んでいる。
東京電力は、本和解で認めた損害賠償金の内払いや仮払金の控除の先送り等について、あくまで個別事案ごとの判断によるものだとの姿勢を崩していないが、迅速な被害救済を図るために、あらゆる事案に適用する普遍的な枠組みと位置づけるべきである。
3 迅速な賠償の実現に向けて
以上のとおり、本和解の成立は、センターへの申立を通じて被害者の完全賠償の実現を目指す当弁護団の活動のうえで重要な足がかりといえるものであり、センター仲介委員等が本和解成立に向けて尽力されたことに対し、深く敬意を表するものである。
しかし、センターを通じた解決手続には課題が山積している。
センターは、裁判によらない形で迅速かつ適正に被害者への損害賠償を実現するために設置された機関であるにもかかわらず、発足後6ヶ月が経過した現在において、1000件を超える申立件数に対し、和解成立した件数は10件程度であり、3ヶ月を目安に解決するという当初の目標にはほど遠い。
もちろん、その原因の一つに損害賠償に消極的な東京電力側の姿勢ということがあり、今後は、賠償金の内払いの実現等により解決件数の一定数の増加が見込めるであろうが、今後さらに増加する申立に対し、有限な人的物的設備を前提にして、適正かつ迅速な解決が飛躍的になされるという期待を抱ける状況にはない。
当弁護団が、センターへの申立手続を行うことを通じて実感するのは、損害賠償額の請求・認否・確定のプロセスが煩瑣で、これだけの大量の被害者を救済するシステムとして十分に機能し得ないのではないかという懸念である。
たとえば、生活費増加分について、一つひとつ領収証等の資料を要求し、精査しなければならないというのであれば、申立を行う被害者の労力も大きく、申立後の手続にも時間を要する。
生活費増加分についての被害者数に応じた定額保障など、賠償額の認定の簡素化等を行うことが急務であると考えられる。
また、翻って、センターも東京電力も、福島原発の被害者の救済のあり方がどうあるべきか、ということを今一度考える必要がある。
被害者は、住居も仕事も地域も一度に失って、今なお今後の生活の目処も立たない人たちである。
まず優先すべきは、今なお苦しんでいる福島の人たちに人間らしい生活を一刻も早く保障することであり、当面は、原賠審の「中間指針」にとらわれない慰謝料額の増額を認めるべきである。
また、不動産を含めた財産価値の喪失・減少の損害額評価にあたっては、新たな土地での人間らしい生活の再出発を保障するという観点に立った評価がなされなければならない。
当弁護団としては、引き続き被害者の完全賠償を求める努力を重ねてゆく所存である。
被害者に対する適正かつ迅速な賠償の実現に向けて、センターに対しては、さらなる運用改善を求めるとともに、東京電力に対しては、原発事故の被害者の救済がどうあるべきかを今一度考え直し、その姿勢の抜本的転換を求めるものである。